ぱらりる/ぱらりろ/

 

物語が好きな奴なんかバカだ。アホだ。クソだ。

生きている価値がない。死ね。

そこのほら、おまえだ。おまえに言ってんだ。

その物語じゃたりねえっていうのか? しかたがないな。

――俺はおまえへ語る

 

だれもが物語を生きている。

物語は、例だ。例は、なにかを指し示す。

この例はなんの例だ? 

わからない。

かけがえがない? 交換できる? 

知らん。

例によってしか思考できない。関係ない。関係の話はしていない。

 

抑圧をおそれるな! グルーヴしろ! 

 

今やわらかくあかるくあふれてくる、ことば。とめどないことば。

このことばは、どこにある? 

頭か? ハートか? 魂か? 違う。――ボディだ。

俺はボディが語る。スパークする。骨という骨ぜんぶがちかちかちかってしやがる。

 

過去形は語りたくない。俺は今しかない。現在進行形の、今。

 

とりあえず、生きている。こんなの望んじゃいない。おまえのせいだ。

俺は。十四歳の俺は。

重要なのはエッジだ。刃だ。角だ。脈絡なんか、ない。

 

人はいつからか夢をかたっぱしから殺しはじめる。

生を享ける前のことだ。俺は。俺が。

夢という夢を一人残らず捕まえてきて銃殺したりする。

焼却場へぶちこんだり磔にしたりする。

夢は

きい、

きい、

と叫び声をあげながらそこらじゅうをすばしこく逃げまわる。

命乞いしてくることもある。

専用のスプレーをかけてやればいい。一コロだから。

一部の夢は森や山や荒れ地へのがれようとする。

が、それもしばりあげる。

よりいっそう残酷なし方でやっつける。

甃のあいまを血がたえまなく伝わって道の上は骨や肉やその他の液であふれかえる。

用水路はぷかぷかと浮き沈みする夢の死体でいっぱいになる。

「おまえら後悔するからな」

言う。最後の夢は。

「なにを?」

薄ら笑いは銃口を突きつける。

「おばけがやってくる」

首をふる。暗い目をする。「やがて、いつか、いずれ」

「へえどんな?」

「どうしようもない、具体的なおばけが!」

「で?」

「物語がおわる」

「どうでもいい」銃声がひびく。

 

だれも夢をみなくなる。俺は、いちども夢をみたことがない。

 

教室中の本が火ん中へぶちこまれる。

俺とそのクラスメートは。

教科書も参考書も単語帳も辞典のたぐいも。

単行本や新書や文庫本も。

図書館がほら、炎上したんだろう? むかし。アレクサンドリアの。

歴史はくり返す的なあれだ。

中学校のうらっかわをたき火してる。絶賛学級崩壊中。

火は、うつくしい。俺は火が好きだ。色もかたちもたまらない。

明晰な薄っぺらなユーレイみたいだ。

めくれている。じぐざぐし、はがれおちている。

なによりも音。

圧がある。生成の圧。誕生と死のくり返しの錘。

そいつが俺をうっとりさせる。

断片的なことばがもえながらまいあがってゆく。

ひとつづきの火から不連続な音がなってくることが、謎だった。

 

恋愛がなんなのかいまいちよくわからない。物語としては知っているが、それだけだ。

「おまえは好きな人、いる?」

と訊かれると

「今はいないかなー」

みたいな意味ありげなことを言うのが面倒だ。

どうでもいい。わかりたくもない。

恋人ができたらお金も時間もぜんぶもっていかれる。こどもなんかありえない。一人としか性交渉できんのは、窮屈だ。

どうしてどいつもこいつも恋愛なんかしたがるんだ? 

 

三島梢と放送委員会でいっしょになる。なにかと肩をばちーんとやってくる。

「おはよー!」ばちーん。

「やっほー!」ばちーん。

「なんだ」

と訊ねると

「転落・追放と王国」

とか意味のわからんことを言ってくる。

正直ウザい。

だけど仲間がどうであれ、仕事は仕事だ。俺は仕事はちゃんとやる。

 

放送委員会の仕事は、放送。

物語をよみあげたりBGMを流したりする。

朝、昼、放課後。一日三回。

そのあいだはずーっと放送室にいなくてはならない。当然、俺は三島梢といろんな話をすることになる。

 

ある日はこう。

「佐伯くんの好きな色はなに?」のぞきこんでくる。

「青」にらむ。

「どうして」首を傾げる。

「海」はきすてる。

「佐伯くんの好きなかたちはなに?」

「直角二等辺三角形

「佐伯くんの好きな文房具はなに?」

「雲形定規」

「佐伯くんの好きな代名詞はどれ?」

「あれ」

「佐伯くんの好きな建て物はなに?」

「ストーンボロー邸」

 

また、ある日はこう。

「スキゾフレニーごっこをしよう」椅子へこしかける。頬杖をつく。

「なにそれ」向かいにすわる。

「分裂症。たくさんの人になるの」

「不謹慎じゃない」

「みんなそうなんだって」

「物語」人差し指をたててみる。

「祝祭」とかえされる。

「どうやるの?」

「私とただ、しゃべってくれさえすればいい」

「へえ」

 

 それから。

スキゾフレニーごっこがはじまる。たくさんの人になる。ひとりが。三島梢は。

AとかBとかCとか。

態度がちがう。口調がちがう。雰囲気がちがう。

俺は感心させられる。物語の方が向いてるのかもしれん。こいつ。リアルよりも。

いつもあらかじめカギ括弧をつけているから?

次々といれかわる。主人格が。たえず。めまぐるしく。

ケンカだってする。

だれとしゃべっているのかがわからなくなる。一対一では、ない。一対多でも、ない。俺もたくさんになっている。多対多だ。

 

「どうしてAだって言うの」人差し指が、くるりんぱ。

「Bだから」ふる。

「そうじゃないんだってば」ふりかえす。

「えー」べー。

「どうしてBだって言うの」

「なるほど」

「Aだということによって」

「まったくAだなあ」

「カギ括弧でくくりすぎじゃないの」

「あるいは」

「AデアルとB、C、D、……デアルはおんなじでしょう?」

「平面の上なんです」

「声」

「は」

「ひとつじゃん」

「ううん」

「ことなってくり返してゆくからさ」

「分解」

「分解」けらけら。

 

 遠回りしてみたりする。少しだけ。通学路を。

遠回りと物語は似たところがあると三崎梢は言う。キーは忘却なのだ、と。

 雑木林。急な坂。橋。

 商店街。スリーエフ。牛。葬儀場。

その下は鳥居のミニチュアがひしめいている。俺はわかっていない。

 歩く。

 

夢のなくなったあとで人がハマったのは物語を読むことと書くこと、それから自慰だった。

 恋人たちはセックスをやめる。

物語を囁きかわしながら自慰しあうのが流行する。

男はズボンをさっとおろし女はワンピースを裏返しにぬぎすてる。

肩の上へ頭をのっけあう。

「男の子と女の子が」しこしこ。

「女の子は」くちゃくちゃ。

「男の子が新宿の裏通りを歩いていたら」

「女の子はかばんをつかむといっさんにかけ」

「男の子へ手紙が」

「女」あっ。

「男の子はZAZENBOYSのライブへ」

「女の子はポルトガル語教室へ」

「男」しゅぽうん。

「女」あ゛ーーー。

 

それも飽きると罐詰のアスパラガスの白いのを食べさせあったりする。

 

 

家族語りは不可避だ。話題が乏しいから。俺は。三崎梢も。

「佐伯くんのお父さんはなにをやってるの」頬をひっぱってくる。

「小説家だった」放す。

「過去形?」ひっぱる。

「マンションからとびおりてぺちゃんこになった」放す。

「ほう」

「記憶はないけれど」

「お父さんの本とか、読むの」

「読んだことがない。読む気もない」

「佐伯くんなんでしょう?」

「なにが?」

「本、もやすの」

「どうしてそう思う」

「いかにもありそうな物語じゃん」

「また物語か」ぞっとする。

「え?」

俺はカギ括弧がみえてくるような気がする」

「それじゃあ」

三島梢は目から下をかくす。右手と左手が。「男と女は友だちになれると思う?」

「人によるんじゃない」

「脳科学とか心理学とか、そうゆう奴が否定していたら?」

「俺は」

俺は、「ユーレイも妖怪も大好物なんだ」

「あんた、意外といい奴だ」はしゃいだような声をあげる。

「俺はおまえと友だちになるとは言ってない」

「どうかな」

三島梢はふふふ、と笑う。「友だちっていうのは、いつの間にか、どうしようもなくそうなっているものなんだってば」

 

三島梢がいない日は、静かだ。

雨の滴のひとつずつがこちらをみかえしてくる。

いびつな鏡。

二重写しになっている。目が、向こうがわのけしきと。

 

言論部の先輩から柔道場へ呼び出しをくらう。

道場に入るといやなにおいがむわっとする。なにかが発酵してやがる。

「おう。そこへすわれ」坊主頭は言う。腕をくんでにらんでくる。

「なんの用でしょうか」

「すわれって」メガネがすごむ。

「まあ、まあ、まあ」ゾンビがいさめている。

「はい」俺はすわらない。

「どうして呼びだされたかわかるか?」坊主頭が問うてくる。

「いえ」

「てめえがくそなまいきだからだあ!」メガネがほえる。

「まあ、まあ、まあ」ゾンビがいさめている。

「おまえが台をかってに使うんだってな」

「顧問の承認は得ています」

「先輩の許可は要らねえってのか?」

「先輩なんか、いません」

「あ?」

「先輩を名乗るのなら尊敬に値するところをみせてください」

「ふん」

 俺はなぐられる。左の頬を。メガネが。

 畳の上を転がる。

「先輩ってのはな、先輩だから先輩なんだ」坊主頭がみおろしてくる。

「殺す」メガネが鼻息をあらくする。

「まあ、まあ、まあ」ゾンビがにやつく。

「くそったれが」

俺は、にらみかえしてやる。「俺にだって選択権があるはずだ」

「そんなのない」

「どうして」

「宛て先は」

 ぐにゃり。

泣き笑いのような顔をする。「かならずしもえらぶことができないものなんだ」

俺は坊主頭へなぐりかかる。なぐりかたもよくわからずに。

なぐりかえされる。

なぐる。が、なぐれてねえ。

「悪いのはおまえだ」

「死ね」

「まあ、まあ、まあ」

なぐられる。なぐられる。なぐられる。ふるぼっこにされる。

 

 金閣寺清水寺、嵐山と順にめぐる。

夜になってから、宿泊先のロビーんとこで三島梢と出くわす。浴衣になっている。

「しばらくみなかったら」

くすくす。「おもしろい顔になったもんだ」

「余計なおせわだ」

「どう、たのしんでるー」

「そいつはもう」

「カメラとか好きなの?」指差してくる。

「まあ」少しもちあげてみせる。

「記憶と記録はどうちがうんだろう」髪をいじる。

「大差ないんじゃない」

「なんで?」くるくる。

「たえまなく上書きされてる。朽ちてく」

「大人は嘘つきだ」

ぱ。「記憶も記録も忘れるためにあるのにさ」

「そうでもないだろう」

「実際、忘れることは快楽だって」

「へえ」

キスをする。柑橘系のかおりが鼻をかすめる。

その女の子の華車さは抱いてみないとわからない。

「忘れておく?」顔を離す。

「バカ」

ぷいとそっぽを向く。頬が赤い。「くたばれ‼」

 

三島梢の引っ越しが、決まる。親の転勤だ。

 ビスケット工場のあまったるい煙のたちこめる坂をのぼってゆく。

なにもいえないでいる。俺は。三島梢も。

「水の本ってきいたことある?」

「本?」

「水!」

言う。三島梢は。「水なんだって」

「へえ」

「夜な夜な図書館をさまよってるというワケ」

「書けないし読めないし、どうするの」

「書くことと読むことがいっしょくたなんだ」

「もとからそうじゃん」

「少しずつくいちがっていたりする」

「えー」

「からだがあればタイムラグもあるでしょう?」

「遠回りしたり?」

「そうそう。あと、道のどこかでなくしてきたりさ」

「流れる。滴る。はりつめる」

「たくさんもひとつもおんなじなんだ」

「ねえどうして物語なんかがあるんだろう?」

「嘘だとわかる嘘なんか、だれもホントだと思わないからじゃない」

「無意味じゃん」

「無責任でもあるの」

「なにもかも、嘘になる」

「言おうとしないことがゆるされるとしても?」

「それは」

俺は言う。

それが

三島梢は言う。「きっと、もっと、ずっと、つらいことなんだ。そうでしょう?」

「好きにすれば?」

「ありがとう」

ふふふ、と笑う。少し泣く。「頑張る。挽回します」

「うん」

「じゃあね」

「じゃあな」

Y字路を三島梢と逆の方へあるきはじめる。

俺はもう二度と本をもやしたりしない。

 

 

 

俺は勉強ができる方だ。受験も難なくのりこえられるはず。

と、思っていたらあっさりおちる。

どうして? 面接だ。

「で?」

面接官は言う。「それだけですか?」

俺はなにも答えられない。

ああくそったれ。なぜあいつは俺がからっぽだとわかる? 

物語が、なんの物語かわからない。俺は。俺の。

高校も恋人も趣味も、俺をなにものかにしたりはしない。そんなのわかってる。

俺はなにものになれるんだろう? オプティミスト? ペシミスト? ニヒリスト? リアリスト? ヒューマニスト? 

俺は「俺」じゃない。【俺】でも『俺』でも〈俺〉でも〔俺〕でもない。

俺は、俺だ。

人生は物語、主人公はじぶん、っていうのはそれ自体が物語だ。

俺は選択しなくてはならない。物語を。

だけど俺はためらっている。だから俺はどこへもゆけない。

 

俺は地元の男子校へすすむ。どこでもよかったのだ。

制服がない。私服だ。

着ぐるみの人とかがいる。パジャマの人もいれば、ぼろきれの人もいる。

とにかくきったねえ。

廊下はあしあとだらけ(土足が基本なのだ)。トイレはらくがきまみれ(精液の飛距離が競われている)。

天井からほこりがつららみたくたれさがってる。

あと、なにかと酷い。授業中、人があたりまえみたくそこらへんを出歩いていたりする。吸い殻がおちている。こたつがある。放課後になるとみんな麻雀やポーカーやスマブラをしてる。

いくらなんでもフリーダムすぎる。

はじめは全然なじめない。賭けもたばこもはじめてだった。

 だけど! 

俺は慣れる。なんたって若いから。

 

河川敷をスタートし、いくつかの街をぬける。田園をわたる。用水路をまたぐ。

雨が来、あたりをさっとぬらすと過ぎてゆく。

五月の光がきらきらとする。野バラが咲いている。

前も後ろも、だれひとりいない。

遠足だ。ぶっとおしの。四十キロメートルの。

 

 

 

 

 

三島梢が殺される。暗い街。血。TVにほら。ストーカーがメッタ刺したんだって。

その日、物語をつくる。俺は。十六歳の俺は。

夕方から書きはじめる。がが・が・がががが。

一通り書きおわると日が変わってる。

なんだろう、これは? 

「である」とか「だった」とか「ではないか」とかみたいなことばは、なんだか嘘っぽい。AデアルはAダトイウコトニスルと同義だ。

男が海をみながらピストル自殺する。それだけ。

なんでもない、ただのシーン。

意識したわけじゃない。いつの間にかそうなっていたのだ。

机の上のライトへあらためてノートをかざしてみる。

インクがぐねぐね、のたうってる。

まともなことばになっているのは最初の方のだけだ。

字は雑。

意味が通ってない。目的もない。価値もない。

おもしろくもない。全然。

物語をつくりあげたんだっていう確信だけがある。

へえ。

俺はその物語をさっさと破りすてる。ゴミ箱へぶちこんでやる。

こんなのは漫画やアニメ、ドラマでみたことのあるエレメントをそれらしくつぎはいでみせただけ。

こうゆうものだっけ?っていうんじゃ全然ダメなんだ。

こうゆうものなんだ!っていうイメージを表現できてなくてはいけない。

意志が欠けている。覚悟も。勇気も。

 

小説家の人とかはどうやってひとつめの物語をつくったんだろう? いつ、どのようなひとつめの物語をつくったんだろう? 

物語をつくり続けているからは、物語が好きなんだろう。

が、ある人が物語をつくろうと思いたつ理由とはなんなのだろう? 

三島梢の死がかなしいとか、さみしいとか、くやしいとか、そうゆう気持ちはある。

俺はそいつをまぎらわそうとして物語をつくってる? 

ああ! 俺はまだ、物語のことをなにひとつわかっていない!

物語をちゃんと摂取したことがない。

本屋にいったりしない。読書感想文もあらすじだけ読めば用が済む。

物語なんかなくても、人は生きてゆける。

あたりまえのことだ。

しかしそれじゃあいい物語ができあがるわけがない。この物語であれ、その物語であれ。

この男はいつどこのだれなんだろう? どうして海をみてるんだろう? どうしてピストルをもってるんだろう? どうして自殺してしまうんだろう? 

この男の死は、三島梢の死といったいどんな関連があるんだろう? 

表現者が物語のことを把握しつくしているとはかぎらない。

全体は部分の和じゃ、ない。加減乗除なんだ。相互作用の。俺は身をもって知る。

さて。

俺は俺なりの答えをみつけださなければいけない。この男の罪は一体なんだったのだろう?

 

 

大学に入ると彼女ができる。鴫井奈々子。二つ上。

ふたりともアパートだから自然と同棲みたくなる。

 

 

 

 

 

俺がチャイムをぴんぽんすると、

「ぱらりるぱー」

卜部優が顔を出す。

「どうしてパジャマなの」

「昨日、深夜シフトだったんだぜ」

「ごくろうさまです」

「V」

「V」

「用事とはなんぞや」

「動物の骨、拾ったんだ。お葬式しよう」

「どんなの」

「はい」

チラシで包んでいた動物の骨をみせる。

「鳥っぽいねー、カラス?」

「じゃん?」

「どこらへんでみっけたの」

「友朋堂のすぐ傍の角」

「頭しかなかったんだ」

「うん」

「シャベルは」

「これ」

「おそなえとかそこらへんは」

「まんじゅうとのどあめとアメスピがある」

「どこでしよう」

「あの池のほとりはどう」

「OK」

「よっしゃ」

「しばしまたれよー」

 

卜部優を待つ間、俺は階段の上から足をぶらつかせている。

ぱらりるぱー、とつぶやいている。

ぱー。

即興してみたりする。

ぱらりる、ぱられろ、ぱらりるぱー。

 

卜部優はシャツへ着替えてスニーカーをはいてくると、

「いこ」

と言う。

「ぱー」

と答える。

 

山梨県へサークルの人と免許を取りにゆく。MTを申しこんであったけれどすぐATへかえてしまう。

「ムリムリ絶対ムリ」

「他の人はどうして運転できるの」

「もう帰りたくなってきたー」

「同意」

 

夜になってから散歩へ出る。卜部優は空をみあげては、

「すご」

とか、

「かっこいー」

とか、そんなことをくり返している。

「天の川。はじめてな気がする」

「空気がきたなそうだもんなー。埼玉」

「バカにしやがって」

「あはは」

「食パンの袋の口をとじるやつはみんなうちがつくってるんだからな」

「わかった、わかった。ごめん」

 

「ユーレイと出くわしたこと、ある?」

「怖い話するつもり」

「俺、そうゆうの全然ないからさ、訊ねておこうかと」

「いやだー!」

俺はふふふ、と笑う。「で、どうなの」

「ふしぎなことだったらやたらとあった気がする」

「たとえば」

「実家は天井が木でさ、うまく眠れないといつもそのもようをみあげてて、中国の、墨の、山水画っていうんだっけ? ああゆう感じなんだ。のこぎりみたいな雲と、切り立った崖と、からだをくねらせた裸の女の人」

「それが?」

「ある日めざめるとまるっきりちがうのになってたんだよねー」

「え?」

「うん」

「家族はなんか言ってないの」

「全然」

「うわあ怖」

「これくらいの」

手を広げてみせる。「ムカデが井戸んとこをはってたり」

「えー」

 

出力もなければ入力もない、完全球の物語を〈海〉と呼ぶ。

〈海〉は取捨選択などしない。作動し続けるだけだ。

〈海〉は夢が死に絶えてからというもの、灰を排出しはじめる。

〈海〉との戦いが勃発する。

 

 

だから今だけは躊躇いなく言おう。

俺は、物語が好きだ。

ミステリーが好きだ。ホラーが好きだ。恋愛が好きだ。SFが好きだ。社会派が好きだ。

おもしろいのもつまらないのも好きだ。物語のない物語だって好きだ。

すべての物語を愛してる。どんな物語も愛してみせる。

俺は物語ん中を生きていてホントの月と嘘の月のくべつもわからなくなっている。

だけど、それでいい。

最初から半々だったのだ。半々ぐらいがちょうどいい。

書くときは読む人を、読むときは書く人を、本を手に取るときはその本と関わりのあるすべての人を思いうかべ、その贈与へ感謝をささげよう。

ありがとう。

おまえによって俺は存在した、そして存在しなかった。

おまえもいつかいなくなるだろう。

おまえがいる方がおかしいことなのだ。どうしようもないことだ。

だけど、そのときまでは踊り続けよう。

生きのこれ、壊せ、留まるな! 

俺はどこへでもゆける。ここはずーっと一続きなんだから。